当面取り組む5つの目標の意味
戸籍の性別訂正ができれば、全ての問題は解決するの?と言われれば、確かに多くの問題が解決することは間違いありません。でも、性別訂正がいつできるようになるのかは定かではありません。1年後かもしれませんし、10年後かもしれません。あるいは、もっとかかるかもしれません。確かに「もうすぐできる」というのであれば、これに専念するというのも一つの方法でしょう。
しかし、いつできるのかはわからない。それでは、それができる間ずっと不自由なままでいいのでしょうか?
当事者が、今より少しでもくらしやすくなるような、その他の努力を一切やらなくてよいのでしょうか。
私たちは、今できることがあるならば、それをやっていきたいと思うのです。
また、性同一性障害の当事者とは言っても、必ずしも全員が性別訂正を望んでいるわけではありません。現在治療中の方だっていらっしゃいます。私たちは一部の方だけでなく、多くの当事者に幸せになっていただきたいのです。私たちの活動は、性同一性障害をかかえるなるべく多くに方々にとってメリットがあるものにしていきたいと思っています。
そのため、「当面取り組むべき課題」として5つを上げました。
私たちの会では、とにかく短期的な目標を決めていってそれを一つづつクリアしていくことにしました。「GIDに対する理解を広める」とか「人権を守る」というのでもよいのですが、こうした漠然とした内容では具体的な行動がなかなか思いつきません。また、例えば「医療機関の拡充」なども重要な問題ですが、こうした成果が目に見えにくいもの、運動の方法がわかりにくいものはあえて外しました。「戸籍制度」そのものの撤廃ということを掲げることもできるかもしれませんが、こうなると性同一性障害以外の諸々の問題が複雑に絡んできますから簡単には話が進みません。
具体的な目標を明確にすることは、会の活動に指針を与えることにつながります。そして、こうした成果の積み重ねが社会に対してアピールをすることになり、結局は性別訂正への道を拓いていくことになると考えています。また、それは会で活動する者のモチベーションを維持することにもつながるのです。
もちろん、これ以外にもやれることはたくさんあるでしょう。
でも残念ながら私たちのパワーには限界があるので、あらゆることを行うのは不可能です。
さて、上記5つの内、後半の3つに関しては、「性別欄を無くす」ということでは共通ではないかと思われるかもしれません。しかし、1.は地方自治体、2.は総務省、3.は厚生労働省の管轄です。つまり「管轄が違う」から分かれていると思ってください。管轄が違えば進捗が異なるのは当然で、そのため目標として分けてあるわけです。
性別欄の撤廃に対する異議もあるでしょう。
しかし、例えば性別以外でも本人に関する重要な情報はこの他にもあります。
例えば「本籍地」つまり戸籍原本の所在地ですが、この情報は、その本人にとってきわめて重要です。本籍地の情報は、これさえあれば、その他の情報は必要ないくらい重要な情報です。しかし、それが記載されている書類はごくわずかです。このように、その書類本来の機能に直接関係ない情報はあえて載せる必要はないのです。例えば印鑑証明書はそのハンコが正しいかどうかを証明できればよいわけで、そこに性別は必要ありません。大都市である名古屋市では昔から性別欄がありませんが、それが問題になったことはないのです。
住民基本台帳ネットワークも同様です。本来は住民票の連携を簡易にするためのものなのですから、住基ネット自身には名前と住所の情報だけがあれば充分なのです。これを目的外にも使おうとするから、生年月日や性別の情報が必要になってくるのです。でも、運転免許証を見てもわかるように、性別は本人確認にかならずしも必要ではありません。
履歴書に関しては、現在男女雇用機会均等法によって、一部の職種を除き、男性のみ、女性のみの募集はできません。求人側に性別が必要ないなら、本来求職側も性別は必要ないはずです。
そもそも、人を雇い入れるときの判断は、その人の能力や実績によって判断するべきもので、性別のよるべきではありません。男女雇用機会均等法はこうした主旨に基づきつくられました。アメリカでは当然履歴書に性別欄はありません。現在、JIS規格の履歴書には「家族」欄はありません。これは1996年に撤廃されました。撤廃の理由は、プライバシーの保護、人権擁護などいろいろありますが、一番重要なのは採用にあたって余分な要件を与えないためです。男女の別も同じような理由で撤廃は充分可能です。もちろん、履歴書に男女の別がなくとも、雇用されてから住民票の提出などで性別がわかってしまうのではないかという意見があるかもしれません。しかし、男女欄があってそこに戸籍の性別と異なる性を記載して採用されたのなら、記述内容を詐称していたということで解雇の理由を企業側に与えてしまいます。性別欄がなければ、企業もこのことを理由としては解雇できません。また、企業に対して性同一性障害を理由とした差別的雇用をやめるよう訴えても、その実効性には疑問があります。雇用問題に対する目に見える成果として、この履歴書からの性別欄の削除は意味があると考えています。
以上、性別欄の削除には性同一性障害を有する者に配慮するという意味からも、また、プライバシーの保護という意味からも、男女共同参画社会の実現という観点からも意義があるものと考えています。運動の中で積極的に取り入れたのはそういう理由からです。
性同一性障害をかかえる人々が、普通にくらせる社会を目指す会 代表 山本 蘭